決別
昭和五十三年十月、 田林証券とナショナル証券が合併しナショナル田林証券として本格的な東京進出を成功させ発足した坂口忠一社長（当時）の手腕は業界で注目の的となり、業績も飛躍的に伸ばし、
五十八年一月には 『ナショナル証券』 に商号を変更し、発足当時の資本金 (六億一千三百万円)が平成二年二月（百八十五億五千七百四十八万円）僅か八年後には三百二倍強に急成長させ、
従業員も一千三百九十三名 (平成四年四月末現在)を有し、国内32店舗、 海外にはロンドン、
香港、 ニューヨークに拠点を設け、 関係会社 (ナショナルエンタープライズ。ナショナル証券経済研究所。
ナショナル・アンド・フォーリン投資顧問。エヌエス不動産。エヌ・アイ・エス・センター。)を設立し『エヌ・エス都市開発』と言うグループ会社もつくつた。
前途は洋々、総合証券としての風格を整えた驀進劇は飛ぶ鳥を落とす勢いの成長であった。坂口社長は自社の発展は業界の発展が大前提と常に『証券市場は日本固有の財産』と叫び続け業界発展の為の決意を固め、昭和六十三年、山下副社長を社長に指名し、代表権を有した会長職に転じ、
広く業界発展の重鎮として動き出した。此れを境として釣瓶落としの如く経営が悪化しだしてしまったのだから皮肉だ。株式も下落すると不思議と後から悪材料が湧出する。
経済も企業も業績が悪化すると歯車がかみ合わず泥沼に入ると必ず『妬み恨み』が湧出する。少数の不満分子の輩が悪計を抱き、誹謗中傷の怪文書を流し始め不穏な空気が社内に燻りはじめて来た。かりそめにも社員となり、仕事を貰い、食わして貰っている事は棚に上げ、恩義などはどこ吹く風の、覆面を被った、一部の不知恩の汚い者共の陰謀策略に、坂口会長は悩み苦しまされたようだ。小生とは同じペンクラブの同志であり内勤社員と違い、契約歩合外務員の関係で、共に旅行に行った時等は、腹を打ち明け語り合う関係でもあっただけに義憤止み難く小生は密かに怪文書の出所を探っていた。
だが数人の不満分子（管理職）を絞り出し、接触したが確証は得られず怪文書を流した張本人を終に突き止める事は出来なかった。 市場を取り巻く環境は悪く日経平均は平成八年六月二十六日の二万二千六
百六十六円八十銭からガ・ク・ン・ガ・ク・ン〜ド・カ・ン・ド・カ・ンと下げ続け、お客はやられっぱなし（損）で肝心の商売
(手数料収入)は誰もが激減し完全にお手上げ状態になってしまった。翌年には三洋証券・山一証券が消えて無くなり、平成十年十月九日（二年五ヶ月後）には一万二千八百七十九円九十七銭（九千七百八十六円八十三銭・４３、９５％減）
ほぼ一直線に奈落の底に下落してしまった。
ナショナル証券の業績も符節を合わせたのだみたいに急激に悪化し、株価も公開直後の二千五百八十円（昭和63年）の最高値から平成十年には額面すれすれの五十八円まで下落し、平成十一年一月には五十四円の最安値をつけて仕舞った。既に此の以前から経営は苦難期に入り深刻で『倒産か合併か』との噂は流れ、秘密裏の対策や生き残りの道を模索していた。それにはまず会社の態勢の条件を整理し整えておかねばならない必要性に迫られていた。
最早、恥じも外聞も、なりふりも構わぬリストラ作戦は急を要する至上命令となり其の手口は凄まじかった。
上司の厭がらせで退職に追いやる戦略。希望退職者の呼びかけ。組織の縮小。 歩合外務員のノルマ(規定手数料)未達成者の整理退職(契約解除)。此れら生き残りか？他社との合併？の条件を整える為の強硬手段？は急ビッチで推し進められた。当然、いたたまれず逃げ出す人（退職）や、理不尽な厭がらせに似た遠隔地への転勤（左遷）から自主退職を狙った人事等は、やる側もやられる側も、明日は我が身と疑心暗鬼な思惑を孕ませながらの語るも涙の地獄絵巻圖であった。
会社が生き残る唯一の道は、涙を飲んでの非情な改革と、犠牲を恐れぬ強行策の断行無くしては進まない。
緊急の生き残りの課題が山積し、それをクリアしなくては道は開けず交渉は進まない。希望退職者は殺到した====。 親しかった有能な幹部社員の別れは辛かった。別れの挨拶に大勢小生の所に来た。 別れを惜しむ為の餞別記念品『高麗の香炉』を小生は二十個用意したが
瞬く間に無くなり空虚さだけが残った。
『明日は我が身』小生にも一通の通達文が届いた。“歩合外務員契約時に規定の成績(ノルマ)が達成出来ず此のままでは契約を解除しなければならない(平成十年一月要旨)"
と言う解除通告勧告書が来たのだから情けない。外務員仲間は最多時には三十名を越していたが既に多くの仲間は退職し、現職者は七名
（二名の社員転向を除く）で、全員に解除通告勧告書が届いたのである。
証券市場全般が暗雲立ち込め、不振の最中に商売が出来ないのが当たり前、無理して客に株式売買を薦めればかえって怪我（損）をさせるのが関の山、商売が出来ないのが当然の環境だったが、会社側の目的は別の事情戦略の一つなのだ。ノルマの半分にも満たない仲間もいたが数％未達成の小生は無理して頑張ればノルマ達成突破は充分出来る自信はあった。然し、其れだけ地合いの悪い時のリスクも高く、これ以上客を殺ろし犠牲(損をさせる事)にしてまで手数料をあげる気は良心が許さず最早まったくやる気は完全に喪失し、戦意は喪失し、逆に退職の決意を固めてしまった。
平成十年五月二十九日、予想通り「平成九年四月八日締結の歩合外務員契約書、第十七条第一項三号に基づき平成十年六月三十日をもって契約を解除しますので通知いたします。」と『契約解除通告書』が届いた。
“歩合外務員契約書第十七条一項第三号、乙（外務員）の営業成績が著しく劣り、甲（会社）の勧告にもかかわらず、いぜんとして向上の見込みがないと認められたとき” 甲は乙の契約を解除できる条項の適用をノルマ未達成の四名に通告して来たのだ。
米国 (ニユーヨークマーケット)でディラー経験のやり手の北島武将には解除通告は来なかったが、我らと同時に退職を決意していた。他社に転職し歩合外務員ではなくディラーに転職するため辞表を出した。五名が一緒に退職した為、歩合外務員は社員転向組を含めて三名となってしまった。
年初の契約解除通告勧告で小生は、頑張る事も転職も考えず、退職の決意を固めたのは、別の道(投資顧問業)で晩年の人生方針の準備をしていたからだ。 既に『友人向け株式投資情報』の無料テレホンサービスと、戦略レポートを二年前から友人の要請で友人向けに情報の提供を行っていた。密かに某証券調査部長と優秀な其の部下との三人で『投資顧問会社』設立の予行練習をしていたのだ。だから退社には躊躇なく、むしろ此れからが本番、長年の経験を生かし、
商売抜きの友人相手のアドバイザー、投資戦略に没頭出来ると、むしろ鎖につながれた気分を一掃し、二十年間のナショナル証券生活に感謝を込めて決別し退職した。
賠償責任の担当者負担金については、別途保管して貰っていた在職中に土地家屋売却代金（家屋は伜所有）と、愛社精神から購入した自社株、及び、妻の手持ち株式等々の売却代金並びに水揚げ報酬の三十％天引の合計額を、退職時には問題解決さえしていれば当然、身元保証金と積立金全額を含めて小生の権利で回収できるのだが未解決の退職で責任の一端として振替を願い出て負担させて戴き、退職後も生活を脅かされない範囲の入金を誓い、現在尚今に至っても負担し続け、気楽な気兼ねのない人生に船出した。 『悪い客に引っ掛かり気の毒だ』との関係者の慰め言葉を励みとして・・・・・
総会屋の陰謀
平成九年五月二十日、検事と検察事務官約百名が一斉に『野村証券が第一勧業銀行を窓口として総会屋の小池隆一に対して利益供与した』との捜索令状を持って第一勧業銀行本店になだれ込んだ。兜町では小池の名前を知る人は少なかった。
小池隆一（昭和十八年、新潟県の織物問屋の次男として生まれ）は地元県立賀茂高校中退後、飲食店で働いていたと聞いた事があるが、昭和四十三年頃に上京し、都内最大の総会屋集団代表の小川薫の義弟（玉田大成）に弟子入りし、昭和五十七年の商法の改正で総会屋にうま味が無くなったと云って総会屋的な行動から一時期姿を消し、糸山英太郎（大規模な仕手戦の闘士）・木島力也（現代評論社）・児玉誉士夫（政界・右翼・総会屋を牛耳るフィクサー）等と接触を持ち企業の黒幕とも云われていた男で、この時四百六十億円を第一勧業銀行から融資を受け、三十一億円を四大証券株の購入資金に充てていたのだ。一勧の近藤頭取を始め奥田会長や相談役五名の不正融資の引責辞任は捜索令状の三日後と素早かった。六月二十九日、宮崎邦次（元頭取・会長）の首吊り自殺は衝撃的な事件へと発展してしまった。
五年前（平成四年）には損失補填事件で退陣した会長の田淵節也と、社長の田淵義久に代わって酒巻英雄が野村のトップに立ち、迎えた初めての株主総会前、三十万株の株主提案権を盾に、小池は酒巻ら取締役十名の解任要求と、証券不祥事を追求する三十九名連名の質問状を提出し、それに屈した酒巻社長の利益供与のスタートがあったと云われている事件があった。
此の一連の証券事件にまつわる自殺者は一勧の宮崎元頭取から、翌年の大 蔵省金融取引検査官の大月洋一、そして日本道路公団の汚職接待がらみで関 連会社の吉田社長も痛恨の遺書と共に此の世を去り、新井将敬衆議院議員（当時）もホテル・パシフィックの一室で首吊り自殺を遂げている。新井議員の株取引は十五年前頃から日興証券と縁を持ち『事務所に毎月五百万円の経費がかかる』『もっと儲けたい』と露骨な発言が裁判の過程で暴露されていたが、野村証券でも取引があったようだが、其の損益の程は解らない。 或
る意味においては株の犠牲者なのかも知れない。
此の頃の利益供与事件で、多数の人が逮捕され新聞を賑わせたので、一勧と四大証券に限って一覧表を発表させて戴く。又、特殊法人に絡んだ汚職や賄賂接待不正事件もあちこちで発覚し、銀行の賄賂接待も盛んで平成九年処罰があったがこれは省略させて戴く。以下参考までに逮捕者を列記して見た。
★ 第一勧業銀行と四大証券の利益供与事件
(企業側の逮捕者) 奥田正司前会長・
藤田一郎副頭取・福島建夫審査担当専務・金沢彰元副頭取
内田恒雄元副頭取・田中賢二ジャスコ社長(元一勧総務担当専務)
寺沢康行元審査担当専務・橋爪博元総務担当常務・渋谷龍夫取締役総務部長
真鍋卓史総務部副部長の計十一人。
(大和信用を通じて小池に百十七億八千二百万円を迂回融資の罪)
★ 野村証券 酒巻英雄元社長・藤倉信孝元総務担当常務・
松木新平元株式部門担当常務の計三人。
(自社株取引やワラント取引を通じた利益四千九百七十三万円。絵画取引
の裏金二千万円等を小池に直接渡す)
★ 山一証券 三木淳夫前社長・白井隆二前副社長・井山日出邦株式部門担当専務
・末貞俊士取締役・松下光陽取締役首都圏営業部長・関本重雄元株
式部付部長 ・岩佐茂太良総務部嘱託社員・石川弘通太平洋証券社長
(元山一専務) の計八人。
(自社で海外先物取引利益金一億七千万円を小池に振替。三億一千
六百九十一万円を昭和リース口座に付け替える)
★ 日興証券
幸実佐男前総務担当副社長・平石弓夫元株式部担当副社長・浜平
裕行元株式担常務 ・池田晃敏元総務部長の計四人。(自社取引の利益
一千四百九万円を小池口座に入れる)
★ 大和証券 十亀博光前総務担当副社長・島村猛株式担当専務・野島武総務
担当常務 ・金田信前エクイテイ本部長部付部長・寺島保夫元総務
副本部長 ・鬼頭猶義元総務部付部長の六人。
(自社取引の利益二億二百七十九万円を小池口座や知人口座に入金。
※
小池えの利益供与は総額百二十七億九千二百五十二万円。
合計三十二名。(起訴猶予者四名を除く)
小池隆一への利益供与事件の判決内容も参考に以下記させて戴く。 （肩書は最終肩書）
第一勧業銀行 奥田会長 懲役九月
(執行猶予五年)
金沢副頭取 懲役八月
(執行猶予四年)
内田副頭取 懲役八月 (執行猶予四年)
藤田副頭取 懲役八月 (執行猶予三年)
田中専務 懲役八月
(執行猶予三年)
福島専務 懲役八月
(執行猶予三年)
寺沢常務 懲役八月
(執行猶予三年)
猪爪常務 懲役六月
(執行猶予三年)
渋谷取締役総務部長 懲役六月 (執行猶予三年)
草島営業第七部長 懲役六月 (執行猶予二年)
真鍋総務部副部長 懲役六月 (執行猶予二年)
野村証券 酒巻社長
懲役一年 (執行猶予三年)
藤倉常務 懲役一年
(執行猶予三年)
松木常務 懲役八月
(執行猶予三年)
山一証券 行平会長
懲役二年六月 (執行猶予五年)
三木社長 懲役二年六月
(不 明)
白井副社長 懲役十月
(執行猶予三年)
井山専務 懲役十月
(執行猶予三年)
日興証券 平石副社長 懲役一年
(執行猶予三年)
浜平常務 懲役一年
(執行猶予三年)
幸副社長
懲役十月 (執行猶予三年)
池田総務部長 懲役十月
(執行猶予三年)
大和証券 十亀副社長 懲役一年 (執行猶予三年)
野島常務 懲役十月
(執行猶予三年)
寺島総務副本部長 懲役十月 (執行猶予三年)
金田株式部長 懲役十月 (執行猶予三年)
島村専務 懲役八月
(執行猶予三年)
鬼頭総務部付部長 懲役八月 (執行猶予三年)
投資顧問会社
小生の退職の話を聞いた凄腕のＳ男は、平成元年に設立しながら軌道に乗らず、休眠状態になっていた投資顧問会社に資金を提供し、焦げ付き状態からその見返りとして実質経営権を譲り受け握っているとるの甘言葉に心を動かし『こっちでやらないか==』との話を受けて立ち、既にプライベートサービスの友人向け情報提供の実績を基礎として独自の投資顧問会社設立準備を進めていた時だったので、新規設立資金支出のロスを省き、即座に開業できると既存休眠投資顧問会社の蘇生に意欲を燃やし快諾し、会社退職と同時に東京証券外務員協会理事も辞職した翌日の平成十年七月一日、
会長として乗り込み着任した。
名義上の社長は投資顧問会社経営の素質も無く、既に家賃も払えず、毎月Ｓ男にすがり付き援助を受け首が回らず「いずれ消えていなくなる男」とＳ男は語り、俺も会社を退職したら一緒に大きくしょう！」と将来の夢と期待を小生に託し出発した。当初は電話も無く、机と椅子だけの事務所に、独特の罫線で相場を読む、一風変わった癖はあるが体を張った真剣勝負の相場道を心得た『大鬼正眼』と名乗る変わり者がお膳立てをして待機していた。 まず家賃や諸経費費用として僅かな運転資金を小生が捻出し、まず研究熱心な大鬼正眼 を“指南役” として、証券会社時代の顧客や友人に会員になって貰い営業収支を合わせ営業を開始した。
所が其れまで殆ど寄り付かなかった男 (名義上の社長) が短期間で営業活動を開始し営業が軌道に乗り、蘇生し始めた会社になって来た事に、欲と未練が出たのか自分でももう一度やれると勘違いしたのか毎日せっせと事務所に現れ出し、あちこち調子良くおかしな電話をかけたり、はしゃいだり、時には事務所から『あぁー
今〇〇からだけど』と、居場所を偽りとんでもない遠隔地から電話を掛けているような格好をしては訳の分からないウソの言い訳話をしたり、側で聞く者には滑稽な会話を多用し、不可解な行動はペテン師独特の超オトボケ姿を丸出しにし、こんな男と一緒にいたら同じムジナと思われてしまうと当初から馴染めぬゲス男を常々将来の危険人物とマークしていただけに警戒感をもって行動を監視していた。当然目のうえのタンコブと見えていただろう。 そしてだんだん小生の存在が邪魔になったのであろう。
「会長手をひいてくれないか」 と云ってきたひと言に所詮は水と油の関係を感じていたので即座に縁を切る決意を固め、話の出た翌日に軌道に乗り始めた矢先だった投資顧問会社に見切りをつけ自分の関係物一切を引き上げ縁を切った。
後日、運営資金として僅かではあったが小生が貸付金に計上した立替金の返済を迫ったが、ずる賢い此の男はあらぬいちゃもんを付け、渋々言い訳をしながらしばらくたって一部を返済したものの後はすっとぼけられてしまった。だが、其の程度の男と見ていたので、それ以上は請求もせず忘れる事にした。此の時、実質的な経営権（貸付金を根拠）は自分にあると言い、小生に会社再建を頼んだＳ男は本質解明もせず俺は第三者とばかりにそっぽを向きその対応が誠に汚なく気に食わなかった。実質的な経営権を握っている権利者として自分（Ｓ男）も退職したら「丸さんと一緒に大きくしょう！」と 将来の夢と期待を小生に託し語っていたことは全く忘れてしまったのであろう。
其の気になって勝手に兜町の親友と思い付き合って来た自分が悪いのだろうが、休眠会社の蘇生に尽くし軌道に乗せた感謝を求めるものではないが人間としての対応は筋道を立てて彼はきちんとすべきだった。
此処に曾てのＳ男の裏切り行為や素行が脳裏をみなぎり 「めんどう見のいい男」 「何時もニコニコ礼儀正しい男」 「親分肌の男」 と、表面しか知らない人々のＳ男に対する評価は耳に入ってきたが、それとは裏腹に 『実際は金銭欲が強く人の生き血を吸う吸血鬼』 と指摘する親近者の言葉が焼き付いていた。 実際に彼の仮面を剥ぐと本当の素顔は遠からず的を得ていたのかもしれない。
事実 「面倒を見てやる！」 と彼を頼って来た何人かの歩合外務員に自己の思惑の手張り玉や街金からの回し玉等を其の外務員につけ売買戻り手数料の数パーセントをピンハネ（キックバック）を要求する違反行為を行い客先からは儲け益の謝礼要求をするとても真面目な凄腕の外務員とは言えない不良外務員の一面を持った男で、彼と接近し離別した人々は異口同音に感謝の思いより 『汚い男』 とツバを吐きかけ罵る者が多いのにはむしろ驚いてしまった。
此れも 『弱肉強食』 『非情な相場の世界』 なのだと自分に言い聞かせ、割り切り、Ｓ男との絆は此処に完全に切断を決意し、もう二度とＳ男とは一緒に歩む事はないであろう。
兜町は義理人情厚き所で、汚い人間は一時栄えても、必ず自滅し消えて行く多くの人間を見て来た。トボケタ投資顧問会社がどう成ろうが関係ない。
然し一度は義兄弟の契り誓った男の行く末はそれでも気になる所だ・・・。 既に苦難の道を辿っている噂を耳にし大いに気掛かりだが
・・・・・ 。
暗雲垂れ込める最中の閉場
『二百七十五円カイ==』『八十円カイ==』『八十五円カイ==』『九十円ヤリ==』『八十五円ヤリ==』・・・・・ゲキタク（高台）取引所職員の荒々しいセリ売買の呼び値の声は熱気を帯び場立ち等の手振りを読んで気配を出す。 売り買いの玉が合致しないと『木』は入れない。既に野村は此の競りで七十万株の買い越し急激な買いの手を振って来た。
大和は二十五万株、日興は二十二万株の売りに出てきたが玉が合わない。 ゲキタクの手は二百九十円買い==と来た所で野村が十五万株の玉を出し木が入った。競り売買の手法は競り値の気配の動きによっては玉を出したり抜けたり高度な戦略で売買をしなければならず、超ベテランの場立ち以外は手を振らない。此の特殊の売買手法も平成十一年(1999年)四月三十日を最後に再び見られる事はもう無くなった。
相場に群がる武将たちは、常に恐怖の心に取り憑かれながら戦略を巡らし、大海に飛び込む勇気と“
虎穴に入らずんば虎子を得ず”と大胆不敵な行動を起こす者が多いが、其の売買を執行する武将の場立ち達はもういない・・・日経平均株価は三万八千九百十五円八十七銭（1989年12月29日) の最高値を付けた後の右肩下がりの悲劇の連続はとうとう山一・三洋証券まで消し去り、統合・自主廃業・人員整理・リストラ・等々の暗雲垂れ込める最中に不安は益々充満する中での閉場。近代化とは程遠く重い空気は兜町全体を覆い被せてしまった。
一年前、一万二千八百七十九円九十七銭（1998年10月9日)から閉場終値は一万六千七百〇一円五十三銭
(1999年4月30日)と一時は反発したものの、既に閉場した取引所近くに行くのも嫌だと言っていた場立ちがいた。 立合場に集まった千軍万馬の武将たちは二度と再び此処で歴史を綴る事は無くなってしまった。
★株式売買立会場の 『閉場記念式典』 に参加した
約３０００人の中で紙吹雪を見上げる小生(右下）
武将を操る不思議な女
兜町には世間の常識を遥かに越えた多額の金銭が蠢き、渦巻き、乱れ飛び、そして悲喜劇を呼び起こしドラマが演じられている。
勝利者は皆どれだけ金をかき集め、欲望を満たすか？其の尺度は総て 『貪欲なカネの世界』 勝負の街なのだ。
此処に登場する遠藤恵美子嬢は何処でどうしてお金を儲けたかは知らない。 然し大金を稼いだ事だけは事実である。 事務所は蠣殻町の一室に居を構え、千軍万馬の武将達に株式資金の一時的回転に必要な資金を融通する金融業を営んでいた。
一般的には資金元は別にいて女性を看板にしてのダミー金融業が多いが彼女は違っていた。
小柄なスリムな美人で人柄は良く、やさしい性格は、到底向かない職業に見えるが不思議と既に15年たったも一人で営業を続けている。
此処に集まる武将達も勝負に負けて、金に困り、金を借りに来るんじゃなくて、勝負の為に命を賭ける為の、一時的な回転資金を都合してもらうための運用融通資金として利用に来る凄腕の男達ばかりなのだ。
当然、世間の無計画な負け犬のような愚かな貧乏人は相手にされない。
皆、ギラギラ貪欲な勝負に挑む武将たちでほとんどが兜町の現役社員と外務員が多いようで真面目で人情厚き仁義を守る相場師ばかりであったようだ。
彼女と小生との付き合いは一本気の正義派の闘いを挑む、総会屋まがいの大物、長年の付き合いをしている 『佐藤精一』 の事務所で働いていた頃からの付き合いだ。
佐藤精一は、知人や紹介者が金融関係の諸問題が起こると、もろ肌脱いで素っ飛びでて “男っ気” を発揮し、解決するこれまた不思議な痛快な押しの利く、実に面白い親分肌の男で、小生との利害関係はなく、お互い長年の尊敬と信頼感でつながっている友人なのだ。
彼女はこの事務所で一時、秘書見たいな事務や雑事をやっていた時代に紹介された、小生とはいわばお茶飲み仲間で、愚痴の聞き役であった。
其の彼女がはじめた証券金融業、扱う額は明かさぬが機敏な判断と貸し手の人を見る眼力はたいしたもので常に金貸しは “人助け” “応援” “人に貸す” 事を心情にしていたようだ。
借り手は相場を張るための一時的な運用資金として利用するのだが、幾ら千軍万馬の武将といえども判断の誤りで相場に曲がると惨めなもので、時にはかなりの者が駆け込み泣きつき、救いを求めてくる事もあったようだ。
“金が物云うとき真実は黙り込む” と良く云われるが、体重百キロの大男も彼女の前には手をつき、赤子みたいにペコペコ頭を下げるそうだ。
彼女は何人の武将の窮地を救ったことか？ それでも彼女はケロッとして 『あはは』 と笑い 『頑張ってね』 と励ますそうだ。
本人は親分肌の精ちゃん（佐藤精一）に出会い此の街の不思議な世界と、闇の魅力にどっぷり足を踏み入れたとも云っていた。 そして相場の世界も芸能界も皆水商売で世間の常識からは想像もできないアブノーマルな闇の世界なのにノーマルに感じさせ錯覚を起こし、人と金が溢れだし、活気と熱気で人の心を狂わて仕舞う魔力を感じながらもどうしょうもない心のときめきは最高！と云い、いつの間にか浮かれ浮かれて貪欲な欲望は時として自分を見失う事が何度もあったと語っていた。
彼女を知る人は彼女の事を、山形の本間宗久になぞえて 『本間さまにはなれないけれどせめてなりたや殿様に』 と云う人がいた。
まさしく兜町の武将を操る不思議な女
“ 人を助けて財をなす ” 遠藤恵美子嬢は今なお元気に兜町を跳びはねている。
証券業界の大変革
【昭和六二年十二月末現在、東京地区に拠点を持つ証券会社は百五十九店舗】【平成十二年 七月末現在、
東京地区に拠点を持つ証券会社は二百〇一店舗】
※外国証券・非会員・実栄会を含む。 （日本証券新聞社発行証券人名録調べ）
平成不況は兜町に大改革をもたらして来た。自由化の波は平成不況と共に統合・破綻・自主廃業・倒産等々、証券業界の地図は大きく塗り替えられ、此れからもまだまだ続きそうだ。登録制の移行に伴い誕生する会社と取消し廃業する会社、撤退する会社など今でも激しく揺れ動いている。以下は統合・合併・社名変更・倒産・破綻・経営権委譲・経営者交代・銀行出資会社等々と再編成の変化は複雑怪奇で纏めきれず、やや把握性の欠如は否めないが知り得た会社だけを列記して見た。現在も激しく変化しているのが現状で此の点ご理解戴き参考にして戴きたい。
遠山証券・日興投信販売・東海・内外・丸万 合併『東海東京証券』 昭和五十六年
更栄・大塚・須々木証券 合併 『センチュリー証券』
昭和六十一年
丸宏・大華証券 合併 『丸宏大華証券』
平成九年三月
三洋証券、 会社更生法の適用を申請・破産
平成九年十一月
山一証券 自主廃業・破産
平成九年十一月
偕成＝大興・日本＝山加 合併 『日本グローバル証券』
平成十年一月
丸莊証券 破産 平成十年九月
山吉証券、 倒産 平成十一年四月
明光証券・ナショナル証券 明光存続吸収合併 『明光ナショナル証券』 平成十一年四月
菱光・大七証券 合併社名変更 『東京三菱パーソナル証券』
平成十一年四月
ワールド・日栄証券 合併 『ワールド日栄証券』
平成十一年四月
大東証券・勧角証券・五福 合併 『みずほインベスターズ証券』
平成十一年四月
三澤屋証券・今川証券 合併 『リテラ・クレア証券』
平成十一年四月
大沢証券 経営権委譲と社名変更 『イー・トレード証券』 平成十一年四月
協立証券 社名変更 『エイチ・アイ・エス証券』
平成十二年一月
山種証券が神栄石野証券 吸収社名変更『さくらフレンド証券』 平成十二年四月
新日本・和光証券 合併 『新光証券』
平成十二年四月
ユニバーサル・太平洋・第一・東和 合併『つばさ証券』 平成十二年四月
福山証券 社名変更 『のぞみ証券』
平成12年十一月
横浜銀行・東海銀行 出資会社 『東海インターナショナル証券』
平成七年 三月
三菱銀行・三菱信託(旧三菱ダイヤモンド証券) 営業権譲受 『東京三菱証券』
平成十一年七月
第一・富士・日本興業銀行 出資 平成五年設立 称号変更『みずほ証券』
平成十二年二月
まだまだ変革の波は一段と兜町を覆い、想像を絶する絵図は更に急速に
塗り替えらんとしているのが実情だ。
バブル崩壊後の経済対策
国民全部が経済繁栄に酔い、地上げが横行し、株価は高騰を続け、銀行融資は湯水の如く無制限融資に走り、ゴルフ会員権迄高嶺の花が咲いたバブル経済。その咎めは奈落の底をめざした崩壊現象となりすでに大天井からひと昔が過ぎている。その傷痕は今尚、根深く尾を引き、国際信用迄低下させている。
数度に渡る政府日銀の景気底入れ宣言は国民を欺く犯罪宣言であったのか。 実勢は想像以上に悪く心は重い。種々の経済対策の効果も為替の動向もウオ−ル街の値動きも皆おかしくなり景気の回復には程遠い。軸たる政治家は己の失態を棚にあげ国民を犠牲にし、表面は新政権のこれからの舵取いかんで一応期待感を抱かせているがとても不安で成らない。
政治家の多くは政治屋に成り下がり（失礼！）使命の重さ意識は筆者にはとても感じさせてくれない。国民の生活安定と発展を司る責任を忘れては困る。曾てバブル崩壊後の後遺症を払拭するための総合経済対策として、事業規模六十兆余億円が実施されたが効果は全く現れず、その後の不良債権コゲ付きはどんどん表面化し、破綻金融機関は公定資金で救済を受け、住専処理費用の時には実に六千八百五十億円を使い果たし、証券界も想像を遥かに上廻る激震今尚根強く尾を引き、極度のリストラから恥も外聞もなく統合や体質改善を一段と迫まられ、血の涙を流しながら戦々恐々と息をひそめている。
政府は曾て日華事変勃発時 (S12・7)戦時立法などを制定し、銀行は金融引き締めを行い軍需景気で上昇していた株価は半恐慌状態に陥った時、戦争を嫌った暴落ではなく統制の強化を嫌い暴落した事を忘れてはならない。
暴落阻止に業界は一斉に買い出動したが止まらず政府の生保買い要請も効果は出ず本格恐慌に突入した。 此の時株式テコ入れ機関 『大日本証券投資』を設立し株価安定の大役を果たした事振り返り学ぶべきだ。
国家総動員法が公布 (Ｓ13・4)され配当制限の条項が折り込まれ雲行き怪しくなった時きも、翌年欧州動乱勃発で株価は持ち直したが国際情勢は険悪の一途を辿り日華事変の長期化、日米関係の悪化と悪材料が重なり翌年には陸軍が「適正利潤率算定要綱」なるものを発令し、企業の利潤制限に嫌気し、株価の暴落が起ってしまった時、藍沢証券の
創始者藍沢弥八氏 が勝田主計（元蔵相）や現職大蔵大臣・次官・局長に「株価維持機関の必要性」を訴え 「日本証券投資」 を誕生させ、更に強力な機関 『日本協同証券』 と株界に適切な処置をとって来た。 政府の役割は常に安定成長の基盤を適時適切に対応を怠ると取り返しが出来なくなる。既に取り返しの出来ない状況に突入している。
此処に日本経済の実情を憂い、証券市場の回復こそ総てを解決する糸口であり又急務であると筆者をはじめ東京証券外務員協会では政府・自民党税制調査会に“無利子国債の発行”を促し、特例として相続時に於ける相続税減額免除、所謂 「相続評価額決定に評価減割合法を一定金額の控除制度の導入」 せよと陳情している。
今、姿は見えぬがここに確かなインパクトのある救済対策を具体化させるべく救世軍の蠢動する足音が政府内部から起きている事だけは確かで唯一の救いだ。証券界の中でも「証券市場は国民共有の重要な財産である」と業界の自信喪失に陥った空気を吹き飛ばす為に、証券市場の社会的使命の重要性を声を大にして叫び続けている人物もいる。
又、証券界から一歩離れた人物も見かねて業界に口を出し始め、既に政財界と細密な打ち合わせをしている人物もいる。業界の代表団体も連日集まり回復の策を練っている。
明治維新の大変革を経て既に百三十五年、常に西欧に “追い付け追い越せ” を旗印に拡大発展を遂げてきたニッポン、幾多もの障害に直面しながら目途を果たし続けて経済大国に成長してきた日本、近年のバブル崩壊も歴史の中では一時的コップの中の嵐に過ぎぬことを心から願う。既にその回復の兆しは各所に姿を顕わしてきている。いま静かに耳を澄まし、目を見開き、アンテナを張り見れば、不滅の証券界の救世主は誰か、既にその裏がわのご苦労が実るのか否や、其の背景を小生が記す日はあるのか、筆者は今その時が訪れるのがとても楽しみである。
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